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仙台高等裁判所 昭和32年(ラ)59号 決定 1958年3月19日

抗告人 金井謙

相手方 農林漁業金融公庫

主文

原決定を取り消す。

相手方の異議申立を棄却する。

抗告費用は相手方の負担とす。

理由

本件抗告の趣旨並びに理由は別紙記載のとおりであつて、当裁判所はこれに対し次のとおり判断する。

本件各記録(昭和三二年(ケ)第五二号、同年(ケ)第三九号)によれば、相手方は債務者遠藤伸敏所有の別紙目録記載の本件漁業財団につき有する抵当権に基ずき、昭和三二年三月一三日本件漁業財団の競売を申し立て(昭和三二年(ケ)第三九号)、原裁判所は同年四月一九日競売手続開始決定をなしたところ、抗告人は右債務者に対し雇傭契約に基ずく金三六万円の給料債権ありとし、これが弁済をうけるため先取特権の実行として同年五月三〇日原裁判所に対し更に本件漁業財団の競売申立に及んだので(昭和三二年(ケ)第五二号)、原裁判所は民事訴訟法第六四五条の規定を準用し右五二号事件記録を前記三九号事件の記録に添付する措置を講じたこと、しかるところ、相手方において別紙異議申立書記載の理由に基ずき抗告人の右競売申立並びに原裁判所の採つた記録添付の措置を不適法なりとして昭和三二年七月一三日原裁判所に対し異議を申し立てたので、原裁判所が右異議を認め同年七月一八日附を以て右記録添付の決定を取り消し抗告人の右競売申立を却下する旨の決定をしたことが明らかである。

しかし、第五二号事件記録に編綴の各資料によれば、別紙目録記載の本件第十伸洋丸は総屯数一四四屯余の帆船であつて、鰹鮪漁業のため航海の用に供せられていた漁船であること及び抗告人は本件船舶の所有者である債務者遠藤伸敏に同船の船長として雇傭せられ、昭和三一年三月二六日から昭和三二年三月二八日解雇せられるに至るまで同船に乗組み就労した結果、右債務者に対し合計金三六万円の給料債権を有するに至つたことを認め得られ、右に反する証拠はない。そうすると、本件第十伸洋丸は相手方が異議申立において主張する如く商行為をなす目的を以て航海の用に供する所謂商船には該らないけれども、船舶法第三五条の規定により商法第四編の規定の準用をうける船舶であることが明らかであるから、商法第八四二条第七号、第八四九条の各規定により、抗告人は本件船舶並びにその属具の上に相手方の前記抵当権に優先する先取特権を有するものと解すべく、本件漁業財団たる別紙目録記載の物件が本件第十伸洋丸及びその属具を以て構成せられていることも本件各記録編綴の登記簿謄本の記載に照し明らかである。しからば抗告人の有する右先取特権は本件漁業財団そのものを目的とするものといゝ得ないことはいうまでもないが、このことは純然たる観念論であつて、実質に於ては先取特権が漁業財団の上に在るといつても、逆に本件抵当権が右船舶(属具を含む)の上に在るといゝ切つても本件の場合差支なく、結論においては抵当権と先取特権が同一の経済利益の上に競合するものとみるのが相当である。

従つて抗告代理人が漁業財団の上に先取特権を有するとして財団自体の競売を申立てたのは妥当ではないが、右財団を構成する物件全部の上に先取特権があるとして(この権利は発生後一年を経過せば消滅する)これ等物件の競売を申立てたものとみるべきであるから原審としてはこの申立を記録に添付することの措置を為すのが相当である。

また仮りに相手方が原審において主張する如く抗告人が右給料債権につき民法第三〇六条の規定による一般の先取特権しか有しないとするならば、右の一般の先取特権は登記ある相手方の抵当権に優先する効力がなく、抗告人の本件競売申立並びに原裁判所の記録添付の措置があつたからとて、相手方の優先弁済をうける権利を少しも害することがないから、相手方はこれに対しなんら異議を申し立てる利益がないというべく、したがつてこの点に関する相手方の異議も理由がないことになる。

以上の次第であるから、相手方の異議申立は理由がなく、原裁判所が相手方の異議申立を認容し前記記録添付の措置を取り消し抗告人の本件競売申立を却下したのは違法にしてこれを取り消すべきものとす。本件抗告は理由がある。

よつて民事訴訟法第四一四条、第三八六条、第九五条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判官 板垣市太郎 上野正秋 兼築義春)

物件目録

一、船舶の種類及名称 帆船第十伸洋丸

一、船籍港 磐城市

一、登記番号 第参六八号

一、漁業の種類 鰹鮪漁業

一、種たる営業所 磐城市大字中之作字川岸拾参番地

一、碇泊港 横浜市神奈川区星野町一ノ一

中村産業株式会社が横浜山内岩壁に繋船保管中

漁業財団目録

一、登記されたる船舶の部

表<省略>

一、船舶の設備 機械器具の部

表<省略>

一、船具及附属品の部

表<省略>

一、船漁の部

表<省略>

別紙 記録添付に対する異議申立書

債権者 (異議申立人)農林漁業金融公庫

債務者 遠藤伸敏

右当事者間の御庁昭和三二年(ケ)第三九号漁業財団競売申立事件につき御庁昭和三十二年(ケ)第五二号事件を添付せる旨の通知があつたが右申立及添付は左の理由により不適法であり却下せらるべきものと信じ、且右添付は第一の競売申立が取消となつたときは、第六四九条第一項の規定を害しない限り、第二の債権者のために競売開始決定を受けたことゝ同一効力を生ずるという見解の下に本件異議申立に及びたる次第なり。(大決大二、六、一三民録一九輯四三六頁 その他)

尤も添付は民訴六四五条第二項により配当要求の効力を生ずるを以て民訴第六九八条による配当表に対する異議を主張することを得るは勿論である。

一、商法の規定は明治三十二年六月十六日、工場抵当法は明治三十八年七月一日、漁業財団抵当法は大正十四年七月六日何れも施行せられて現在に及んでいる。

二、而して右商法中海商編の規定に基く船舶とは商行為を為す目的を以て航海の用に供するものを謂うと定義し、其の船舶に対する債権者として商法第八四二条は先取特権を限定的に九種類を挙げている。

三、添付債権者の債権が同条第七号の債権としての競売申立であるなら、左の理由で不適法の申立であり却下せらるべきものと信ず。即ち漁業財団抵当法第六条には「漁業財団に付ては本法に規定するもの及罰則を除くの外工場抵当法中工場財団に関する規定を準用す」としているから工場抵当法第十三条の規定は当然に準用せらるゝのである。

而して、右工場抵当法第十三条第二項は工場財団(以下漁業財団と読みかえる)に属するものは個々的に処分することをも禁じている。即ち「工場財団は」と規定せず「工場財団に属するものは」と規定していることより明かである。

(この点工場抵当は同法第七条第二項により個々的に差押等を禁じているが処分を禁じていない差異がある)

四、そして漁業財団の組成物件は漁業財団抵当法第二条により組成物件の範囲を定めている。

而して本件漁業財団の組成物件はその目録にもある通り船舶の外同条の六の機械、器具その他の附属物、同二の其船具、及附属品、同五の漁具及副漁具を包含しているのである。

五、更に漁業財団は同法第十四条により之を単一不動産性を表現していることより見るも部分的処分、差押等を禁じているのである(第四十六条の個々の意義はその組成物件が大阪と東京とにあるような場合を指すのである)

六、之により本件添付債権者の権利は商法による船舶債権者であつて漁業財団債権者としての債権者でない。

尤もその組成物件中に船舶の存することの一事を以てその権利を認めることはできない、なんとなれば一般法である商法に対し特別法である工場抵当法並漁業財団抵当法上その規定なきことよりとして当然に排斥せらるべきものである。

七、仰々財団抵当法の企図するところは、船舶その他の物件を合一した財団を法で認め、以て船主乃至事業者の金融の便益を与えんとしたものである。

最近特別の財団抵当では事業者に対する金融の便を与うるに欠くるところありとして、企業担保制度が研究せられているのである

また一九二六年の海上先取特権および抵当権に関する統一条約は商法の船舶債権者の先取特権をも制限せんことを主目標としているのでも分る。

八、或は本件の鑑定評価の結果は船舶丈で他の属具等皆無につき財団に非ずして商法に謂所船舶なりというかも知らぬが、これはこじつけも甚だしい論と謂はねばならぬ。

即ち漁業財団として設定された当時は前にも述べた船舶その他の物件を以て組成していたのであつて仮にそれ等の物件が偶々競売のときに存せさるとするも抵当権の効力は抵当権者の同意を得ずして分譲した場合は工場抵当権法第十五条第一項の反対解釈により抵当権は消滅しないことは言うまでもない。(香川保一著工場及び鉱業抵当法二九九頁二を参照)

九、仮に添付債権者の債権が民法第三〇六条の先取特権としても民法第三三六条により船舶抵当権の登記があるときは一般の先取特権に優先するからこの点に於ても理由がない。

抗告の趣旨

原決定を取消す。

本件につき昭和三十二年五月三十日附当庁昭和三十二年(ケ)第三九号漁業財団競売事件に記録を添付す。

との裁判を求める。

抗告の理由

一、漁業財団抵当法第一条によれば登記した漁船を有する者は漁業財団を設定することができるとし、漁業財団に対しては、原則的に工場財団に関する規定を準用することゝしているのである。元来財団なる集合物を一つの物と看做して法律上処理するというのは個々の物件に対して個別的に担保権を設定して、夫々に対し競売するということは、単に手続上繁さであるということではなく、財団全体を一つの物として競売し、処分する方が担保物件の価値を維持することができ、国民経済上、個別処分に比してそのうける利益が甚大であるからである。

二、本件抗告人の船舶先取特権については、商法上明文として、船舶債権者に対し船舶及び属具についてみとめられているものである。従つて、本件申立の如き、漁業財団については何ら関係のないように考えられるかもしれない。しかしながら、漁業財団設定の趣旨が前項記載の如く、物の効用を維持しつつ、その換価処分を可能ならしめるものであるとすれば、偶々商法の明文が船舶と規定してあるからといつて、船舶のみに限定さるべきでなく、更にその船舶を中心とする漁業財団に対しても先取特権の行使を可能ならしむべきである。船舶の先取特権の設定された趣旨が当該船舶につき、特別の利害を有し、又は船舶について特に何かの貢献をした特定の者の債権を保護せんとするにある以上、斯く解さるべきことは当然である。もし、そう解しないとすれば商法所定の船舶債権金員は(単に船員等のみでなく)船舶所有者が一方的に財団を設定することによつて、その先取特権の行使を妨げられることゝなり、不公正、不正義これに勝るものがないことになる。

又このよう解することにより、債務者に対し何らの損害を与えることなく却て一括換価による利息を与えることになる。

三、工場抵当法第十四条によると財団は所有権、抵当権、賃借権の目的となるのみで、他の権利の目的となることを禁じているようであるが、これは、当事者間において、任意にこれをなすことを禁じているに過ぎないのであつて、先取特権の如き法定の担保権の行使を妨げない。(工場及び鉱業抵当法法務省民事局香川保一著、一〇八頁昭和二十八年七月二十日発行(株)港出版合作社版)

四、仮に何らかの理由で、船舶債権者としての先取特権の行使が不可能であつても、民法所定の雇人として一般の先取特権の行使は可能であると信ずる。

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